ガル山とは④~高校編~

ガル山
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おこんにちは!ガル山(@GaruGaru_nyaaan)です!

今日は人生で一番の暗黒時代、高校生編をお届けしたいと思います。

高校入学

中学校3年生の冬休みと、入学直前の春休みでダイエットをしたわたしは高校デビューをします。
10キロ近く減量し、縮毛矯正をし、お化粧もするようになります。

友達も順調にできたし、彼氏もいました。毎日楽しく通っていました。

部活に入る頃には自分の楽器も買ってもらい、先輩たちともうまくやれていました。

夏休みがくるまでは…です。

燃え尽きていた気持ち

わたしは高校に無事入学できたことで気持ちが燃え尽きてしまいます。
しかし その頃のわたしはそんな自分の変化に気付くことができません。

夏休みに入った途端何も手につかなくなり、ネットゲームにハマってしまいます。
部活にもいかず、引きこもってしまうようになるのです。

心配して連絡をくれる友達や先輩に返事もできず、部活を無断で休み続けます。

そして1年生の夏休み明けから長い長い不登校がはじまります。

なぜか学校にいけない

この頃の我が家の状況は最悪でした。
両親の仲がひどく悪化し、2人の間でコミュニケーションも取れないほどになります。

両親と顔を合わせれば、母は父の愚痴を言い、父は学校に行けないことに対し怒鳴ります。
わたしは助けてもらえないのに、両親はわたしを頼って当たり前という状況。

さらには学校から登校を促す電話が連日かかってきます。
しかし 先生からでた言葉は
「お前入試で〇位(いい順位だった)だったんだぞ。大学もいいところ狙えるのに、なんでこないんだ。俺にはわからない。」
というものでした。

わたしのまわりにはわたしを心配してくれる人はいませんでした。

毎日ネットゲームに熱中し、目の前の問題から目をそらし続けました。

2度目の留年を目の前にして…

不登校の間、通えないけど辞める選択肢もなく、たまに保健室に顔を出す程度にして学校に在籍しつづけました。

そして2度目の留年、つまり3回目の1年生を目前とした頃、転機が訪れます。

転機となったのは、2回目の1年生の時の担任の先生でした。
趣味でアドラー心理学を学んでいる先生で、悩み続けるわたしにアドラー心理学の本をくれたのです。

その本にはこんな言葉が載っていました。

  • 変われないのではない。変わらないという決断を自分でしているだけだ。
  • 人生が困難なのではない。あなたが人生を困難にしているのだ。人生は極めてシンプルである。

その考え方を聞いたとき、学校を辞めずに留年しても在籍し続けている決断をしているのはわたしだし、その選択で自分の人生を困難なものにしているのは自分なのだ と気づきます。

そのことに気付いたわたしは先生に、自分はちゃんと学校に通って高校を出たいこと、ただそれはこの学校では不可能だということを相談しました。

すると先生はそれを否定せず、自分が良いと思う方法をとりなさい と背中を押してくれたのです。

それがきっかけとなり、わたしは自分で新しい学校を決め、2度目の留年を目前にして通信制高校とサポート校に転校することを決意します。

2回目の学校生活のスタート

2つ目の高校は単位制通信制高校とサポート校でした。
通信制に属し、普段はサポート校へ通学するというシステムです。

そこにはわたしと同じようになぜだかわからないけど学校に行けなくなってしまったという子や、心の病と闘っている子、所謂ヤンキーなど、年齢も性別もバラバラな子たちが集まっていました。

わたしは3年分の単位を2年でとると決め、学校に通い始めます。
今も付き合いのある友達ができ、毎日学校に通い、順調なスタートをきりました。

しかし そこでもわたしは、夏休みを境に不登校気味になってしまうのです。

根本的な問題…機能不全家族

なぜまた不登校になったかといえば、家庭内の不和が解決していなかったからです。

もちろん当時はそんなことに気付くともできず、両親になじられては自分が弱いのが悪いんだと、自分ひとりを責め続けました。

いつも不機嫌をまき散らし、愚痴を言う母。
普段は無関心なくせに、突然怒鳴り散らす父。

とうとうわたしは心療内科の扉を叩くことになります。

初めての心療内科

わたしはひとりで乗り越えることに限界を感じ、藁にも縋る思いでクリニックの戸を叩きます。
初めて行った心療内科は、とてもこじんまりとしたクリニックでした。

この時わたしは、親に心療内科に行くとだけ告げ、ひとりでクリニックを訪れていました。
そこで医師に言われたのは、本来は親の付き添いがないと診ることができないこと。
しかし こんなところにひとりで来たということは、よっぽどの事情があるということだと思うので、診察をします ということでした。

初めて自分にも味方ができたと思えた瞬間でした。

そしてわたしは薬に頼り、休んだり通ったりを繰り返し、なんとか2年で高校を卒業することになります。

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