ガル山とは⑥~社会人編 後編~

ガル山
ガル山

おこんにちは!ガル山(@GaruGaru_nyaaan)です!

順調に仕事をこなしていくガル山。しかし一筋縄ではいかないのでした。

順調な仕事

仕事は本当に順調でした。
売り場の担当者では初めてレジとの兼任を任されたり、ある売り場の担当を任されたりと、毎日が充実していました。

そんな中何度かフルタイムでの勤務を打診されるなど、昇進の話もありましたが、もともとが怠け者のわたしは断り続けます。

あの時までは。

東日本大震災

あの日わたしは美容院にいました。

1週間前の休日、美容院に行くか海辺のいちご狩りに行くかで迷い、美容院を後回しにします。
その選択を間違えていれば、今わたしはここにいなかったかもしれません。

美容院ではいつもの担当の方と「最近地震多いね」なんて話をしながらカットをしてもらっていました。

すると、また弱い揺れが。
「あ、まただね」なんて言いあった次の瞬間、物凄い揺れがきました。

目の前の飾り棚にあったワックスやシャンプーが、ものすごい勢いで吹き飛び、立っていた美容師さんたちは壁につかまっていました。

外の電線が縄跳びのようにぐるぐるとまわり、地面からはマンホールが浮き上がってきました。

東日本大震災です。

幸い家族も家も無事でしたが、職場は揺れで売り場がぐちゃぐちゃになってしまいます。

そして、ここから地獄の忙しさがはじまるのです。

忙殺される日々

わたしの職場はインテリアのお店です。
家が流されてしまったお客様が波のように押し寄せました。

毎日定時ではあがれず、残業残業の日々。
勤務時間中は息つく暇もなく作業に追われます。

この頃のわたしは毎月本部から警告がくるほど残業をしていました。

そこで店長から「何回も断ってるのはわかってるんだけど、フルタイムになってくれないか?」と打診されます。

新人を入れても教育する暇もない今、わたしが頑張るしかない と、フルタイムになる決意をするのでした。

契約社員の責任

フルタイムの契約社員になると、仕事の内容がかわります。
より責任のある仕事を任され、パートさんたちをまとめる役割を担うことになります。

今まではとにかく体を動かし、こなせばよかった仕事も、頭を使う必要がでてきます。
忙しかったけれど、やりがいを感じていました。

しかし ある売り場の担当責任者になったことで事態は一変します。

数字に追われる日々

ある売り場の担当責任者になり、毎日数字に追われることになります。

手書きで仕様書を書き、数字を計算し、数量を指定する。
1つの仕様書を書くのに何度も何度も間違え、最初からやり直すの繰り返し。

この頃まだADHDだと知らないわたしは、なんでこんな簡単なこともスムーズにできないのだろうと悩みます。

そして忙しさと担当売り場のことで少しずつ追い詰められていくのです。

忍び寄るうつ病の影

最初はやりがいを感じ、生き生きと仕事をしていたわたしですが、段々と仕事に億劫さを感じていきます。

前年比600%なんていう売り上げの日があったり、100立米の入荷を5人で捌いたり、尋常ではない忙しさでした。
担当売り場も、毎日のように新規の案件が飛び込んでくるような状況でした。

すると生活に変化が現れます。
わけもなくお風呂に入るのが億劫になり、夜中2時3時まで動けない。
布団に入っても寝付けない。
朝の化粧が億劫なことがある…。

 

わたしは自身の変化に危機感を覚え、24歳の秋に、また精神科の戸を叩くことになります。
そこは近所のご老人たちに評判の神経科・精神科でした。

病院に行って現状を説明すると、「睡眠障害でしょう」とのことで入眠剤が出されました。

しかし薬を飲んでも病状は改善したとは言えず、少しずつ少しずつ、自分でも気づかないうちに病状は悪化していくのです。

ある日突然スイッチが切れる

自分の病状の悪化に気付けないまま、仕事を続けました。
立ったまま寝そうになる、段ボールの開梱中に眠気がひどくて意識が飛ぶなど、どんどん深刻になっていました。

そしてあの日が訪れます。

その日は1月4日でした。はっきりと覚えています。
初売りのさなかで、忙しい時期でした。

朝いつものように重い体をなんとか起こし、ベッドに座りました。
(仕事に行かなきゃ…)
と思うも、体が動きません。

時間は過ぎていきます。
(早く支度しなきゃ…)
考えれば考えるほど体はかたくなっていきます。

そして突然、ボロボロと涙がでて止まらなくなったのです。
全く動けなくなってしまったわたしは、泣きながら上司に電話をかけ、仕事を休むことを伝えます。

そして数日休んだ後、主治医に相談したところ「うつ状態」との診断がおり、1か月休職することになります。

休職と復職を繰り返す

1か月の休職期間中は、全く休まった気がしませんでした。

(なんでわたしはこんなに弱いんだろう)
(みんなに迷惑をかけてしまう)
(早く治さないと…)

そんなことばかり考えていました。

そして復職するも、また短い期間で休職することになります。

その後も復職と休職を半年ほど繰り返し、5年勤めた会社を辞める決意をするのでした。

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